全昌寺・汐越の松

原文

大聖持(だいしょうじ)の城外、全昌寺(ぜんしょうじ)といふ寺にとまる。猶(なお)加賀の地也(なり)。曾良も前の夜(よ)、此(この)寺に泊て、

終宵(よもすがら)秋風聞やうらの山

と残す。一夜の隔(へだて)千里に同じ。吾も秋風を聞て衆寮(しゅりょう)に臥ば、明ぼのゝ空近う読経(どきょう)声すむまゝに、鐘板(しょうばん)鳴て食堂(じきどう)に入。けふは越前の国へと、心早卒(そうそつ)にして堂下(どうか)に下るを、若き僧ども紙・硯をかゝえ、階(きざはし)のもとまで追来る。折節(おりふし)庭中(ていちゅう)の柳散れば、

庭掃(はき)て出(いで)ばや寺に散(ちる)柳

とりあへぬさまして、草鞋ながら書捨つ。

越前の境、吉崎の入江を舟に棹(さおさ)して、汐越(しおこし)の松を尋ぬ。

終宵(よもすがら)嵐に波をはこばせて
月をたれたる汐越の松 西行

此(この)一首にて、数景(すけい)尽たり。もし一弁を加(くわう)るものは、無用の指を立(たつ)るがごとし。

語句

■大聖持 前田飛騨守利明七万石の城下町大聖寺。山中温泉の北西約8キロ。大聖寺という寺があった。加賀では多く「持」と記述されていた。 ■全昌寺 現石川県加賀市大聖寺神明町の熊谷山大聖寺。大聖寺の南。曹洞宗の寺。「山中」で世話になった泉屋の菩提寺。当時の住職は白湛和尚。 ■前の夜 曾良が全昌寺に泊まったのは8月5日6日(『曾良旅日記』)。 ■一夜の隔千里に同じ 蘇東坡の詩の一節より「実与千里同」(穎州初別子由二首) ■衆寮 修行僧が寝泊りする宿舎 ■庭掃きて… 禅寺に一泊したものは翌朝感謝の意をこめて寝所や庭を掃除をする習慣があった。 ■越前の境 加賀と越前の境。石川県と福井県の境。 ■吉崎 蓮如上人が迫害を受けた京都を逃れ、布教のいしずえとして坊舎(吉崎御坊)を建立した地。 ■汐越の松 吉崎の対岸浜坂岬(現福井県坂井郡芦原町浜坂)にあった数十本の松。この歌が西行のものかは不明。「上平らかにして広く、古松多し。其下は、外ト海のあら磯にて、岩の間間にも、亦松樹あり。枝葉愛すべし、此辺の松を、なべて汐こしの松と云。(一木にあらず)今も高浪松が根をあらひて、類イ稀なる勝景なり」(「菅菰抄」)  ■一弁 五本ある指にもう一本無用な指を加える意味。

現代語訳

加賀の城下町【大聖寺】の城外、全昌寺という寺に泊まる。いまだ加賀の国である。

曾良も前の晩この寺に泊まり、一句残していた。

終宵秋風聞やうらの山
(意味)裏山を吹く淋しい秋風の音を一晩中きいて、眠れない夜であったよ。一人旅の寂しさが骨身にしみる。

今まで一緒に旅してきたのが一晩でも離れるのは、千里を隔てるように淋しく心細い。私も秋風を聞きながら僧の宿舎に泊めてもらった。

夜明け近くなると、読経の声が澄み渡り、合図の鐘板をついて食事の時間を知らせるので食堂(じきどう)に入った。

今日は越前の国に越えるつもりである。あわただしい気持ちで食堂から出ると、若い僧たちが紙や硯をかかえて寺の石段のところまで見送ってくれる。

ちょうど庭に柳の葉が散っていたので、

庭掃て出ばや寺に散柳
(意味)寺の境内に柳の葉が散り敷いている。寺に泊めてもらったお礼に、ほうきで掃いてから出発しようよ。

草鞋ばきのままあわただしく句を作った。推敲する余裕もなく書きっぱなしだ。

加賀と越前の境、吉崎の入江で船に乗って、汐越の松を訪ねた。

終宵嵐に波をはこばせて
月をたれたる汐越の松 西行
(意味)夜通し打ち寄せる波が松の木にかぶさって、松の梢に波の雫がしたたっている。それに月光がキラキラして、まるで月の雫のようだ。

この一首の中に、すべての景色は詠みこまれている。もし一言付け加えるものがあれば、五本ある指にいらないもう一本を付け加えるようなものだ。

解説

芭蕉は曾良と別れて、金沢から従ってきた立花北枝とともに 加賀の全昌寺という寺に泊まります。曾良も前の晩この寺に泊まっており、句を残していました。

夜もすがら秋風聞くや裏の山

「おお…さぞかし秋風を聞いたんだなあ」

しみじみ感慨にふける芭蕉。たった一晩別れ別れになっただけなのに、千里も離れているような、心細い感じがしました。

その夜、寺の僧坊に布団をしいて寝付くと、
ザーーと秋風が一晩中ひびきます。夜がしらじらと明けてくると、
ゴーーン…鐘の音がひびき、●×●×●×●×●×と
声明が聞こえてきました。いい雰囲気ですね。

寺の坊主さんたちと一緒に朝食をとります。

「今日はどちらまで行かれるご予定ですか?」
「越前との国境は、ここからもうすぐですよ」

などと言い合いながら、食事をし、一晩お世話になったお礼に
庭の柳の葉を掃き掃除してからでかけます。

坊主さんたちは寺の石段の下まで
見送ってくれました。

「先生、記念に一句お願いします」
「先生の句をいただければ全昌寺も、末永く有名になります」

などと言うので、

庭はきて出ばや寺に散る柳

『奥の細道』の見所の一つが、このような、行く先々での人々との交流の場面です。泊めてもらったお礼に庭の掃き掃除をするというのも、いい感じですね。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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