最上川

原文

最上川のらんと、大石田と云所に日和を待。爰(ここ)に古き俳諧の種こぼれて、忘れぬ花のむかしをしたひ、芦角一声の心をやはらげ、此道にさぐりあしゝて、新古ふた道にふみまよふといへども、みちしるべする人しなければと、わりなき一巻残しぬ。このたびの風流、爰(ここ)に至れり。

最上川は、みちのくより出て、山形を水上とす。ごてん・はやぶさなど云(いう)おそろしき難所有。板敷山の北を流て、果は酒田の海に入。左右山覆ひ、茂みの中に船を下す。是に稲つみたるをや、いな船といふならし。白糸の滝は青葉の隙ゝ(ひまひま)に落て、仙人堂、岸に臨て立。水みなぎつて舟あやうし。

五月雨をあつめて早し最上川

語句

■最上川 日本三大急流の一。三大急流の他は富士川(長野県、山梨県、静岡県)、球磨川(熊本県)。山形県中央部を北に流れ、新庄市で西に向きを変え庄内平野を流れ、酒田市で日本海に注ぐ。 ■大石田 尾花沢の西南4キロ。酒田に通う船の発着所として栄えた。現山形県北村山町大石田町。 ■古き俳諧の種こぼれて 「古き俳諧」は古風な談林派の俳諧。「種がこぼれた」だから、種がまかれた、それがかつて伝わった、ということ。 ■忘れぬ花の昔 「種」に対応して「花」。まかれた種(談林派の俳諧)が花開き、この地で俳諧がさかんになった、ということ。しかしそれも昔のことで、人々は現在進む道を選びかねている。■芦角一声の心 「芦角」葦の葉でつくった笛。葦笛。ただし、そんな言葉は無い。芭蕉の造語か。「一声」だから、それをぺーと鳴らす、そういう侘しい感じ。■新古ふた道にふみまよう 伝統的な貞門・談林風でいくか、元禄の新風でいくか、迷っている様子。 ■わりなき一巻 「五月雨を集めて早し最上川」を発句とする歌仙を一巻行った。場所は大石田の高野一栄亭。 ■このたびの風流 今回の、風流を求めての旅。 ■最上川はみちのくより… 最上川の源は吾妻山・飯豊山なので、陸奥ではない。人づてのままに書いたもの。 ■碁点・隼 大石田より上流の難所。 ■板敷山 最上郡戸沢村と鶴丘市の境の山。歌枕。「みちのくに近き出羽の板敷の山に年ふるわれぞ侘びしき」(よみ人しらず・夫木和歌抄)「世をいとふすみかは苔をしと寝にて山の名にさく板敷もなし」(小沢沢庵・六帖詠草)JR陸羽西線高屋駅の南西。 ■酒田 最上川が日本海に注ぐ河口の町。現山形県酒田市。 ■稲舟 この地方特有の運搬船。舟に稲を積んで運んだ。「最上川のぼれば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり」(東歌・古今集) ■白糸の滝 最上川には四十八の滝があり、白糸の滝はその最大のもの。現最上郡戸沢村草薙の最上川北岸の山から流れ落ちる滝。 ■仙人堂 外川神社。JR陸羽西線高屋駅そばの最上川北岸にある。義経の家臣常陸坊海尊をまつる。船下りの船でしか行けない。白糸の滝より約2.5キロ上流。 ■「さみだれを…」 初案「涼し」。

現代語訳

最上川の川下りをしようと思い、大石田という場所で天気がよくなるのを待った。

かつてこの地に談林派の俳諧が伝わり、俳諧の種がまかれ、それが花開いた昔のことを、土地の人は懐かしんでいる。

葦笛を吹くようなひなびた心を俳諧の席を開いて慰めてくれる。

「この地では俳諧の道を我流でさぐっているのですが、新しい流行の俳諧でいくか、古い伝統的なものでいくか、指導者がいないので決めかねています」と土地の人がいうので、やむを得ず歌仙を一巻残してきた。

今回の風流の旅は、とうとうこんなことまでする結果になった。

最上川の源流は陸奥であり、上流は山形である。碁点・はやぶさなどという、恐ろしい難所がある。歌枕の地、板敷山の北を流れて、最後は酒田の海に流れ込んでいる。左右に山が覆いかぶさって、茂みの中に舟を下していく。

これに稲を積んだものが、古歌にある「稲船」なのだろうか。

有名な白糸の滝は青葉の間間に流れ落ちており、義経の家臣、常陸坊海尊をまつった仙人堂が岸のきわに建っている。

水量が豊かで、何度も舟がひっくり返りそうな危ない場面があった。

五月雨をあつめて早し最上川
(意味)降り注ぐ五月雨はやがて最上川へ流れこみ、その水量と勢いを増し、舟をすごい速さで押し流すのだ。

解説

大石田

大石田は尾花沢の西南4キロ。
最上川を酒田へ下る舟の発着所として栄えました。

芭蕉は大石田で船問屋を営む俳人高野一栄邸に招かれ、
3日間滞在し、俳諧三巻を巻きます。

高野一栄邸は現在、「おくのほそ道」の碑と説明版が残っているだけですが、
最上川のすぐそばにあり、芭蕉が訪れた時はさぞ涼しい風が吹いていたろうと
想像させます。

では、現在の大石田を歩いてみましょう。
ごく小さな町です。少し歩くと最上川にたどつきます。

JR奥羽本線大石田駅で降ります。

西光寺

駅から徒歩15分の石水山西光寺には、
境内に芭蕉の句碑があります。

さみだれを集めてすずし最上川

俳諧の発句として詠んだ段では「涼し」だったのです。
後に推敲して「はやし」となりました。

境内を散策していると、木の根元に小さな芭蕉のミニチュアが
立っています。首をかしげて天をうかがっている感じです。
ここ大石田で日よりを待ちながら「うーん、なかなか晴れないなあ」
と言っている感じでしょうか。

乗舩寺

浄土宗乗舩寺(じょうせんじ)は大石田駅から徒歩15分。
涅槃像を、のぞき窓からのぞくことができます。

「倉庫かよ!」というくらいぶっきらぼうな入口で、
心配になります。しかし涅槃像そのものは
細部まで作りこみが見事です。
京都の仏師の手によるものだそうです。

境内には斉藤茂吉の句碑があります。

最上川逆白波のたつまでに
ふゞくゆふべとなりにけるかも 茂吉

最上川の冬の厳しさを歌い斉藤茂吉の最高傑作と言われる歌です。

また境内には正岡子規の句碑も見えます。

ずんずんと夏を流すや最上川 子規

斉藤茂吉の聴禽書屋

歌人斉藤茂吉は昭和21年から約3年間、大石田に下宿しました。
その滞在中書き溜めた歌は、後に歌集『白き山』として刊行されます。
茂吉の最高傑作と言われる歌集です。

茂吉は滞在していた下宿は茂吉自身によって聴禽書屋と名付けられました。
木々の合間に鳥のさえずりを聴くということです。風流の極みですね。

現在、大石田町立歴史民俗資料館の一角に、
聴禽書屋の建物が残っています。

最上川
最上川


朗読・訳・解説:左大臣光永


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