尾花沢

原文

尾花沢にて清風と云者を尋ぬ。かれは富るものなれども志いやしからず。都にも折々かよひて、さすがに旅の情をも知たれば、日比とヾめて、長途のいたはり、さまざまにもてなし侍る。

涼しさを我宿にしてねまる也

這出よかひやが下のひきの声

まゆはきを俤にして紅粉の花

蚕飼する人は古代のすがた哉 曾良

語句

■尾花沢 現山形県尾花沢市。当時は幕府直轄領。 ■清風 島田屋鈴木清風。本名鈴木道佑(とうゆう)。島田屋八衛門と称する紅花問屋。「紅花大尽」といわれた豪商。清号は俳号。談林派の俳人で芭蕉や曾良とは江戸で交流があった。 ■かれは富るものなれども志いやしからず 「昔より、賢き人の富めるは稀なり」(徒然草・18段)を踏まえるか? ■ねまる くつろいで座る。土地の方言。 ■かひや 養蚕室。 ■まゆはき 白粉を塗ってから眉をはらう小さな刷毛。紅花からの女性が化粧しているさまを、さらにまゆはきを連想した。

現代語訳

尾花沢にて以前江戸で知り合った清風という人を訪ねた。この人は大富豪なのだが金持ちにありがちな品性のいやしさなどまるでない。

江戸にも時々出てきているので、さすがに旅人の気持ちもわかっているようだ。何日か逗留させてくれ、長旅の疲れを労ってくれ、いろいろともてなしてくれた。

涼しさを我宿にしてねまる也
(意味)この涼しい宿にいると、まるで自分の家にいるようにくつろげるのだ。

這出よかひやが下のひきの声
(意味)飼屋の下でひきがえるの声がしている。どうかひきがえるよ、出てきて手持ち無沙汰な私の相手をしておくれ。

まゆはきを俤にして紅粉の花
(意味)尾花沢の名産である紅の花を見ていると、女性が化粧につかう眉掃きを想像させるあでやかさを感じる。

蚕飼する人は古代のすがた哉 曾良
(意味)養蚕する人たちのもんぺ姿は、神代の昔もこうだったろうと思わせる素朴なものだ。

解説

清風とは、島田屋鈴木清風。本名鈴木道佑(とうゆう)。島田屋八衛門と称する紅花問屋で「紅花大尽」といわれた豪商です。

また鈴木清風は談林派の俳人で、江戸で芭蕉や曾良と交流を持っていました。

「ゆっくりして行ってください。どうですか最近は江戸は?」
「いや~江戸っていっても深川はのんびりしたもんですよ」

などと世間話をしながら、ずいぶん芭蕉は尾花沢ではゆったりできたようで、「ねまる」などと土地の言葉を使いながら、四句も残しています。

「この人は金持ちだが、心が卑しくない」…つまり一般には金持ちは卑しいということでしょう。士農工商の一番下で商人がいやしいものとされていた価値観が、よくあらわれていますね。

「奥の細道」の中で4句も詠まれているのは、この「尾花沢」と「羽黒」「象潟」のみです。

では、現在の尾花沢を訪ねていきましょう。

尾花沢へはJR大石田駅からバスで10分。
もしくは山形空港から車で25分です。

鈴木清風館跡~芭蕉・清風歴史資料館

鈴木清風の館跡は、ぽつんと碑が残っているだけで何の面影もありませんが、隣にある芭蕉・清風歴史資料館は、江戸時代の町屋を改造したもので、雰囲気があります。

入り口では芭蕉像が迎えてくれます。この芭蕉像は、ちょっと肩を落としています。鄙びた尾花沢の空気にほっとしているところなんでしょうか。険しい山刀伐峠を越えて「あ~あ、やっと着いたよ」なんて言ってる声も聞こえてきそうです。

養泉寺

芭蕉は尾花沢に10日間滞在していますが、そのうちの7日を過ごしたのが天台宗の養泉寺です。明治28年に消失し明治30年に再建されたものです。

芭蕉が訪れた頃の面影はありませんが、境内には「涼しさを わが宿にして 寝まるなり」の句碑が立ち「涼し塚」とこれを呼びます。また芭蕉と曾良、清風らで巻いた歌仙を刻んだ碑も、立っています。

田んぼのすぐ横のちょっと高台になった所に寺があるので、芭蕉の時代も涼しい風が吹き抜け、蛙の声が響いていたことが、しのばれます。

花笠祭り

さて尾花沢といえば、花笠まつりが有名です。スゲ笠に花飾りをつけて、花笠音頭にあわせて踊るものです。尾花沢では8月下旬に花笠祭りが開催されています。

花笠踊りのルーツは大正時代に土木作業の調子合わせに歌われた土突き歌だということですので、もちろん芭蕉の時代は影も形も無いのですが、芭蕉が花笠踊りを目にしたら、さぞやウキウキと体が動き出し、一緒に踊りまくっていたろうなあと思います。

ほれ曾良よ、一緒に踊ろう。先生、ちょっともう、今日は体力がダメです。なにを弱気な。ほれ一緒になどと曾良をひっぱっているのが、私の芭蕉のイメージです。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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