室の八島

室の八島に詣す。同行曾良が曰く、「此神は木の花さくや姫の神と申て富士一躰(いったい)也。無戸室(うつむろ)に入りて焼給ふちかひのみ中に、火々出身のみこと生れ給ひしより室の八島と申。又煙を読習し侍もこの謂也」。将(はた)、このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨、世に伝ふ事も侍し。

語句

■室の八島 下野国都賀郡総社村(現栃木県栃木市惣社町)にある大神(おおみわ)神社。藤原実方が「 いかでかは思ひありともしらすべき室の八島のけぶりならでは」と詠んで以来、歌枕となる。もともとかまどの神なので、煙を読み込むならわしとなっている。 ■曾良 ここではじめての発言となる。信濃国諏訪郡上諏訪の人。本名、岩波右庄衛門正字。曾良は俳号。『おくのほそ道』の旅に付き添い『曾良旅日記』を記した。 ■木の花さくや姫 木花之開耶姫。大山祇神(オオヤマヅミノカミ)の娘。天孫たる邇邇芸命(ニニギノミコト)の后。「日本書紀」「古事記」に見える。わずか一晩の交わりで子を宿したため、身の貞節を疑われる。姫は「瓊々杵尊の子供なら火の中でも出産できるはずだ」と、産室の入り口をふさいで中で火を燃やす。炎の中、無事に火々出見の尊が生まれ、姫の潔白が証明された。 ■富士一躰也 駿河国浅間神社と同じ神をまつっていること。 ■無戸室 四方を塗り固めて入り口の無い産室。木花之開耶姫はここで出産した。 ■このしろといふ魚を禁ず このしろを焼くと人体を焼くニオイがするため、炎の中で出産した木花之開耶姫のことを思って、この地域ではこのしろを食べない。

現代語訳

室の八島と呼ばれる神社に参詣する。旅の同行者、曾良が言うには、「ここに祭られている神は木の花さくや姫の神といって、富士の浅間神社で祭られているのと同じご神体です。

木の花さくや姫が身の潔白を証しするために入り口を塞いだ産室にこもり、炎が燃え上がる中で火々出身のみことをご出産されました。それによりこの場所を室の八島といいます。

また、室の八島を歌に詠むときは必ず「煙」を詠み込むきまりですが、それもこのいわれによるのです。

また、この土地では「このしろ」という魚を食べることを禁じているが、それも木の花さくや姫の神に関係したことだそうで、そういった神社の由来はよく世の中に知られている。

解説

室の八島。歌枕で知られる栃木県栃木市惣社町の大神(おおみや)神社です。境内の池に島が八つあり、それぞれに神社や天満宮がありお祀りされています。

ここで曾良がはじめて顔を出し室の八島の由来を語ります。曾良は信濃国諏訪郡上諏訪の出身で伊勢の長島藩で仕えますが、浪人して江戸に下り、神道や和歌の勉強をしていました。なので神社のゆらいには詳しいのです。

曾良はもちろん最初からついてきているので、冒頭部分に曾良のことが書いてあってもいいのですが、いかにも博学そうに解説をさせて、曾良の人物像を印象づける意図でしょう。

このようにな事実をそのまま書くのではなく、見せ方に工夫があるのが「奥の細道」の特徴です。

室の八島」のゆらいは「古事記」に書かれています。

昔、天孫降臨したニニギノミコトは国つ神たるコノサクヤビメを見初めて結婚しました。

それがたった一回の営みで、子供を授かります。ニニギノミコトは疑います。「よそで作ってきた子供だろう。ふしだらな女だ」と。

そこでコノサクヤビメは身の潔白を証明しようとします。四方を塗り高め出入り口をふさいだ産室の中にこもり、火をかけ、その中で出産します。

もし国つ神の子なら焼け死ぬでしょう。もし天つ神たるあなたの子なら、こんな炎くらいでは死なないはずです。そして、無事子供が産まれ、この子がホホデミノミコトです。コノサクヤビメの潔白は証明されたわけですが、コノハナサクヤビメは夫に疑われたことに痛く傷つき、以後夫に二度と心を開きませんでした。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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