那古の浦

原文

くろべ四十八(しじゅうはち)が瀬とかや、数しらぬ川をわたりて、那古と云浦に出。担籠(たこ)の藤浪は、春ならずとも、初秋の哀とふべきものをと、人に尋れば、「是(これ)より五里、いそ伝ひして、むかふの山陰にいり、蜑の苫ぶきかすかなれば、蘆の一夜の宿かすものあるまじ」といひをどされて、かヾの国に入。

わせの香(か)や分入(わけいる)右は有磯海(ありそうみ)

語句

■くろべ四十八が瀬 黒部川は越中国を北に流れて日本海に注ぐが下流はいくつもの細い流れにわかれた扇状地になっている。 ■那古 歌枕。那呉、奈古、奈呉などと書く。現富山県新湊市。「水門風(みなとかぜ)寒く吹くらし奈呉の江に夫婦(つま)呼び交し鶴(たず)さはに鳴く」(大伴家持・万葉集)。 ■担籠の藤浪 歌枕。現富山県氷見市。藤の名所。「担籠」は汐を汲む桶のこと。「多胡のうらの底さへ匂ふ藤なみをかざして行ん見ぬ人のため」(人丸・拾遺集)。「藤波の影成す海の底清みしずく石をも珠とぞ吾が見る」(大友家持・万葉集) ■葦の一夜の宿 「難波江の芦のかりねのひとよゆゑみをつくしてや恋ひわたるべき」(皇嘉門院別当・千載集・百人一首88)「仮寝」と「刈根」をかけて、「葦」とくると「一夜の宿」などが連想される。 ■有磯海 歌枕。「かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを」(大伴家持・万葉集)。弟が亡くなった時に、「こんなことなら生前に荒磯の波を見せてやりたかった」と述懐した歌。この歌が詠まれた時点では「荒磯海」は富山湾全体をさす普通名詞だったが後に固有名詞となった。

現代語訳

黒部四十八が瀬というのだろうか、数え切れないほどの川を渡って、那古という浦に出た。

「担籠の藤浪」と詠まれる歌枕の地が近いので、春ではないが初秋の雰囲気もまたいいだろう、訪ねようということで人に道を聞く。

「ここから五里、磯伝いに進み、向こうの山陰に入ったところです。漁師の苫屋もあまり無いところだから、「葦のかりねの一夜ゆえ」と古歌にあるような、一夜の宿さえ泊めてくれる人はないでしょう」と脅かされて、加賀の国に入る。

わせの香や分入右は有磯海
(意味)北陸の豊かな早稲の香りに包まれて加賀の国に入っていくと、右側には歌枕として知られる【有磯海】が広がっている。

解説

「奥の細道」の旅も後半です。芭蕉と曾良は黒部川の支流を渡り、北陸の豊かな稲の香りに包まれて加賀の国へと入っていきます。

黒部川はその下流では幾筋にもわかれ日本海に注ぎ込みます。これを「黒部四十八が瀬」といい芭蕉と曾良は、その中を川を渡り渡り、進んでいきます。

担籠は富山県氷見にある藤の名所として知られる歌枕の地で、藤ですから、本来春に来るべきところですが、季節は初秋でした。

「しかし、初秋の情緒もまたいいものでしょう。どう行けばいいでしょうか」

芭蕉は宿の主人に尋ねます。宿の主人はいきな答えを返します。

「これより五里磯伝いして向うの山陰に入り、葦のとまぶきかすかなれば、葦の一夜の宿かすものあるまじ」

「ここから五里磯伝いに進んでいくと、人のすまいもまばらですから、一夜の宿を貸してくれる者もないでしょう」

「葦の一夜」は「一節」を「一夜」に掛けています。葦の節と節の間を「よ」と言いますが、和歌ではこれが、とても短いものとされます。

そこから転じて「夜」「短い夜」という意味になります。

百人一首に採られた皇嘉門院別当の歌があります。

難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき

難波江の葦の刈根の一節のような、そんな短い旅の一夜を貴方と過ごしただけですのに、そのために、こんなにも身を尽くして貴方を恋い続けなければいけないのですか。

古い歌をふまえて、なかなか粋な機転のきいたことを言ったわけです。

そしてがさがさ、がさがさ、むせるような早稲の香りの中を進んでいくと、ぱあっと視界が開けて、海が広がって見えました。

わせの香や分入右は有磯海

北陸の豊かな早稲の香りに包まれて加賀の国に入っていくと、右側には歌枕として知られる【有磯海】が広がっている。

かつて万葉歌人の大伴家持が、弟書持(ふみもち)が亡くなった時に詠みました。

かからむとかねて知りせば越の海の荒磯の波も見せましものを

…こんなことになるとわかっていれば、北陸の荒波が磯に打ち付ける波も、見せてやればよかったのに。

弟の死を悼み、生前、北陸につれて行ってやれなかったと嘆いている歌です。そして大伴家持がこの歌を詠んだ段階では、「荒磯海」は単なる荒波の打ち寄せる磯のことでした。

大伴家持のこの歌が有名になったために、以後、このあたりの海を「荒磯海」「有磯海」と言うようになったのです。つまり、歌から発生した歌枕です。もともと場所があってそれに歌がつけられたのではないんです。

もともと有磯海なんて場所は無かったのに、歌によって歌枕が生まれたのです。歌枕というものの性質を知る上で、面白い例です。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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