越後路

原文

酒田の余波日を重て、北陸道の雲に望。遙々のおもひ胸をいたましめて、加賀の府まで百丗里と聞。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国一ぶりの関に到る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。

文月や六日も常の夜には似ず

荒海や佐渡によこたふ天河

越後路
越後路

■酒田の余波 なごり。芭蕉は象潟からいったん酒田に引き返し、6月18日から25日まで滞在した。 ■北陸道 ほくろくどう。若狭・越前・加賀・能登、越中、越後、佐渡の七カ国を通る街道。 ■遙々のおもひ はるかな道のりがこれから待ち構えているという大変な思い。 ■加賀の府 加賀城下町金沢。 ■鼠の関 出羽と越中の国境にあった。奥羽三関の一つ。古くは念珠の関。ほかは白河関・勿来関。現在は山形県西田川郡温海町内。 ■越中の国一ぶりの関 越後・越中の国境で実は越後側にある。越中とあるのは芭蕉の誤りか意図的な改変か。現新潟県西頸城郡青海町市振。 ■此間九日 「此間」をどことどこの間とするかで諸説あり。鼠の関~一振の関は実際は十四日。 ■暑湿の労 暑さや雨の心労。 ■病おこりて 『曾良旅日記』には病の記述は無い。 ■「文月や…」 直江津での句。 ■「荒海や…」 出雲崎で着想を得て直江津でまとめた句。

現代語訳

酒田の人々との交流を楽しんでいるうちに、すっかり日数が経ってしまった。ようやく腰を上げてこれから進む北陸道の雲を眺めやる。

まだまだ先は長い。その遙かな道のりを思うと心配で気が重い。加賀国の都、金沢までは百三十里ときいた。

奥羽三関の一つ、鼠の関を越え、越後の地に入ってまた進んでいく。そして越中の国市振の関に到着する。

その間、九日かかった。暑いのと雨が降るので神経が参ってしまい、持病に苦しめられた。それで特別書くようなこともなかった。

文月や六日も常の夜には似ず

七夕というものは、その前日の六日の夜でさえなんとなくワクワクして特別な夜に感じるよ。

荒海や佐渡によこたふ天河

新潟の荒く波立った海の向こうに佐渡島が見える。その上に天の川がかかっている雄大な景色だ。北原白秋の童謡「砂山」には、この句の雰囲気が漂う。

解説

象潟から引き返し、酒田を経て越後路を行きます。ざぶん、ざぶんとうちつける日本海の荒波。はるか海の向うに、黒々と佐渡島が見えてきました。寂しいねえ曾良。ええ…なんとも胸を打つかんじですねえ。

古来、佐渡島は罪人が流されるところでした。有名なところでは百人一首にも歌が採られている順徳院があります。

順徳院の父後鳥羽上皇は鎌倉幕府に対して京都の朝廷の権限を盛り返そうと、承久の乱を挑みますが、北条義時、北条政子の指揮のもと、幕府軍19万が京都になだれこみ、後鳥羽上皇は隠岐の島に、その子順徳上皇は佐渡が島に流されました。

後鳥羽上皇、順徳上皇、どちらも一生涯都に戻れないまま、配流先で一生を終えられました。

ももしきや古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり

宮中の軒端にはいからまるしのぶ草を見るにつけ、思い出されるのだ。
朝廷の力の盛んだった昔のことを…。

百人一首最後を飾る順徳院の歌です。佐渡が島に流された順徳院の無念も思うと、荒海や佐渡に横たふ天の川の句が、なおさら胸に迫ります。

またずっと後年、大正時代にここ新潟の海をある有名な人物が訪れ、はるかに見渡す佐渡島のことを詩に作りました。北原白秋です。

二千人の児童が講堂に集まっていました。ではみんな、拍手でお迎えしてね。北原白秋先生です。

わーーっ

この日大正11年6月12日、北原白秋は新潟に招かれ、児童たちの前で自作の童謡を披露して、おおいに会は盛り上がりました。

音楽界のあと、浜辺に足をのばした白秋は日本海と砂丘の風景にひどく感動します。

「おおすごいなあ」
「白秋先生、新潟の海を、詩につくってくれますか」
「うん。やってみよう。考えてみよう」

白秋は新潟の子供たちに約束します。小田原の自宅にもどった白秋は新潟の海のイメージを詩に作りました。今日まで歌い継がれている「砂山」です。

こうして「砂山」に曲がつきますが、最初につくられた中山晋平版の「砂山」のほかに、翌年つくられた山田耕筰版も今日までよく知られています。

今日はみなさまとご一緒に、新潟の海、そのはるか先に見える佐渡島を思いながら、歌ってみたいと思います。

海は荒海、
向うは佐渡よ、
すずめ啼け啼け、もう日はくれた。
みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ。

暮れりや、砂山、
汐鳴りばかり、
すずめちりぢり、また風荒れる。
みんなちりぢり、もう誰も見えぬ。

かへろかへろよ、
茱萸(ぐみ)原わけて、
すずめさよなら、さよなら、あした。
海よさよなら、さよなら、あした。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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