飯塚

「奥の細道」は単に実際の旅を淡々とつづったものではなく、ハッキリ意識されたドラマチックな構成が感じられます。「飯塚」の章は特にそれがあらわれています。前半の侘しく沈んだ感じ、後半の元気を取り戻した感じ…そのギャップを感じてください。



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原文

其夜飯塚にとまる。温泉(いでゆ)あれば、湯に入て宿をかるに、土坐に莚(むしろ)を敷て、あやしき貧家也。灯もなければ、ゐろりの火かげに寐所をまうけて臥す。夜に入て、雷鳴雨しきりに降て、臥る上よりもり、蚤・蚊にせゝられて眠らず。持病さへおこりて、消入計(きえいるばかり)になん。短夜の空もやうやう明れば、又旅立ぬ。猶夜の余波(なごり)、心すゝまず。馬かりて桑折(こおり)の駅に出る。遙なる行末をかゝえて、斯る病覚束なしといへど、羇旅辺土の行脚、捨身無常の観念、道路にしなん、是天の命なりと、気力聊とり直し、路縦横に踏で伊達の大木戸をこす。


現代語訳

その夜は飯塚に泊まった。温泉があったので湯にはいって宿に泊まったが、土坐に莚を敷いて客を寝かせるような、信用できない感じのみすぼらしい宿だった。ともしびもたいてくれないので、囲炉裏の火がチラチラする傍に寝所を整えて休んだ。

夜中、雷が鳴り雨がしきりに降って、寝床の上から漏ってきて、その上蚤や蚊に体中を刺されて、眠れない。持病まで起こって、身も心も消え入りそうになった。

短い夏の夜もようやく明けてきたので、また旅立つことにする。まだ昨夜のいやな感じが残ってて、旅に気持ちが向かなかった。馬を借りて桑折の宿場に着いた。

まだまだ道のりは長いのにこんな病など起きて先が思いやられるが、はるか異郷の旅に向かうにあたり、わが身はすでに捨てたつもりだ。人生ははかないものだし、旅の途上で死んでもそれは天命だ。

そんなふうに自分を励まし、気力をちょっと取り直し、足取りも軽く伊達の大木戸を越すのだった。

せゝられて
刺されて
羇旅
羈旅とも。「羇」は異国に身を寄せる、「羈」はたづなの意。前者が正しいが後者が使われることも多い。古今集以後、和歌・俳句の部立ての一。旅の気持ちを詠んだ歌(句)をまとめた章のこと。
伊達の大木戸
源頼朝が文治5年(1189年)、奥州藤原氏を破った古戦場。阿津賀志山(あづかしやま)の麓。


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朗読:左大臣

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