しのぶの里

原文

あくれば、しのぶもぢ摺の石を尋て、忍ぶのさとに行。遙山陰の小里に石なかば土にうづもれてあり。里の童部わらべの来りて教ける、「昔は此山の上に侍しを、往来ゆききの人の麦草をあらして、此石を試侍をにくみて、此谷につき落せば、石の面下ざまにふしたり」と云。さもあるべき事にや。

早苗とる手元や昔しのぶ摺

語句

しのぶもぢ摺の石 昔、陸奥国信夫郡から産出した石。忍摺という染物の型石と伝えられる伝説上の石。この石の上に布を置いて、その上に忍草を置き、バンバン叩くと草の色素が染み付いて複雑な乱れ模様ができる。恋に乱れた心の象徴として歌に詠まれる。現福島県福島市山口の文知摺観音(もぢずりかんのん)の境内にそれと伝わる石が残っている。「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」(古今・恋4 河原左大臣)。この歌は百人一首14番に採られている。また『伊勢物語』第一段にも引用されている。 ■麦草 青麦の葉 ■試侍 摺り染をやってみる。 

現代語訳

夜が明けると、忍ぶもじ摺りの石を訪ねて、忍ぶの里へ行った。遠い山陰の小里に、もじ摺りの石は半分地面に埋まっていた。

そこへ通りかかった里の童が教えてくれた。もじ摺り石は昔はこの山の上にあったそうだ。行き来する旅人が青麦の葉を踏み荒らしてこの石に近づき、伝承にある摺り染を試そうとするので、これはいけないと谷に突き落としたので石の面が下になっているのです、ということだ。

そういうこともあるだろうなと思った。

早苗とる手元や昔しのぶ摺

(「しのぶ摺」として知られる染物の技術は今はすたれてしまったが、早苗を摘み取る早乙女たちの手つきに、わずかにその昔の面影が偲ばれるようだ。「しのぶ」は「忍ぶ」と「偲ぶ」を掛ける。)

解説

しのぶもじ摺りの石とは昔、陸奥国信夫郡から産出したという石で忍摺という染物の型石と伝えられる伝説上の石です。この石の上に布を置いて、その上に忍草を置き、バンバン叩くと草の色素が染み付いて複雑な乱れ模様ができました。恋に乱れた心の象徴として歌に詠まれました。

百人一首で知られる「みちのくのしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」河原左大臣の歌です。私の心はみちのくのしのぶもぢずり模様のように乱れに乱れています。いったい誰のためにこんなに乱れていると思いますか。外ならぬ、貴女が恋しいからですよ。

芭蕉が訪ねた時はその石はなかば土に埋もれていましたが、田植えをする早乙女たちの手元のしぐさに、ふっと、信夫摺りをした時代はこうであったかと、いにしえの雰囲気が感じられたました。「早苗とる手元や昔しのぶ摺」。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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