雲巌寺

原文

当国雲岸寺のおくに、仏頂和尚山居跡有。

竪横の五尺にたらぬ草の庵
むすぶもくやし雨なかりせば

と、松の炭して岩に書付侍りと、いつぞや聞え給ふ。其跡みんと雲岸寺に杖を曳ば、人々すゝむで共にいざなひ、若き人おほく道のほど打さはぎて、おぼえず彼麓に到る。山はおくあるけしきにて、谷道遙に、松杉黒く苔したゞりて、卯月の天今猶寒し。十景尽る所、橋をわたつて山門に入。

さて、かの跡はいづくのほどにやと、後の山によぢのぼれば、石上せきしょうの小庵岩窟にむすびかけたり。妙禅師の死関、法雲法師の石室をみるがごとし。

木啄も庵はやぶらず夏木立

と、とりあえぬ一句を柱に残侍し。

語句

■当国 下野国(栃木県)。 ■雲岸寺 雲巌寺。臨済宗妙心寺派の古刹。筑前博多の聖福寺・越前の永平寺・紀州由良・興国寺とならび禅宗の四大道場の一つ。 ■仏頂和尚 1642-1715。常陸国鹿島の出身。33歳で鹿島の根本寺の21世住職となる。鹿島神宮との寺領争いのためたびたび江戸に出向き、深川の芭蕉庵近くに滞在するうち、芭蕉と交流を持つようになった。『鹿島詣』の旅(貞享3年(1687年)の目的の一つは根本寺に仏頂和尚を尋ねることだった。雲巌寺に閑居して没した。 ■松の炭して 「その盃のさらに続松の炭して、歌の末を書きつぐ」(『伊勢物語』69段) 伊勢の斎宮と関係を持った男が、女が二人の関係はおしまいにしようという趣旨の歌を贈ってきたのに下の句をつけて返す場面。 ■おぼえず彼麓に到る 高啓の詩「胡隠君を尋ぬ」の文句、「覚えず君の家に到る」が念頭にあるか? ■十景 雲巌寺十景。霊石之竹林・海岸閣・十梅林・龍雲洞・玉几峯・鉢盂峯・玲瓏岩・千丈岩・飛雪亭・水分石(『東山雲巌禅寺9旧記』)。 ■橋 雲巌寺五橋の一つ朱塗りの瓜【爪+失】てつ橋。雲巌寺五橋のその外は梅船橋・涅槃橋・瑞雲橋・独木橋。 ■妙禅師の死関 中国の臨済宗の高僧、原妙禅師。悟りを開いた後、杭州の天目山張公洞にこもり、「死関」の額をかかげて15年間外出しなかった。 ■法雲法師の石室 中国の南朝梁時代の高僧、法雲法師。晩年岩の上に庵をむすび、人々を教え導いた。

現代語訳

下野国の臨済宗雲巌寺の奥の山に、私の禅の師である仏頂和尚が山ごもりしていた跡がある。

「縦横五尺に満たない草の庵だが、雨が降らなかったらこの庵さえ必要ないのに。住まいなどに縛られないで生きたいと思ってるのに残念なことだ」と、松明の炭で岩に書き付けたと、いつか話してくださった。

その跡を見ようと、雲巌寺に杖をついて向かうと、ここの人々はお互いに誘い合って案内についてきてくれた。若い人が多く、道中楽しく騒いで、気付いたら麓に到着していた。

この山はだいぶ奥が深いようだ。谷ぞいの道がはるかに続き、松や杉が黒く茂って、苔からは水がしたたりおちていた。

さて、仏頂和尚山ごもりの跡はどんなものだろうと裏山に上ると、石の上に小さな庵が、岩屋にもたれかかるように建っていた。

話にきく妙禅師の死関や法雲法師の石室を見るような思いだった。

木啄も庵はやぶらず夏木立

(夏木立の中に静かな庵が建っている。さすがの啄木鳥も、この静けさを破りたくないと考えてか、この庵だけはつつかないようだ)

と、即興の一句を柱に書き残すのだった。

解説

雲巌寺」。栃木県の臨済宗の古刹です。

芭蕉が深川に引っ越した当初、禅の教えを受けていた仏頂和尚が、若い頃修行のための山篭りをしていた寺です。現在でも芭蕉の時代の様子が残っている、数少ない場所です。この一章は全体を仏頂上和尚の人柄が覆っています。また、途中で一緒になった若い人たちと道中をともにする場面はほほえましく、頬がゆるみます。

仏頂和尚は鹿島の根本寺の21世住職で鹿島神宮との寺領争いのためたびたび江戸に出向いていました。深川の芭蕉庵近くに滞在するうち、芭蕉と交流を持つようになります。芭蕉は深川で朝晩この仏頂さんのもとに通い、禅の教えを受けました。

深川芭蕉庵から小名木川を隔ててすぐの臨川庵に仏頂和尚は住んでいました。現在この位置には臨川寺が建ち、境内には芭蕉の碑があります。

『おくのほそ道』の旅の2年前の『鹿島詣』の旅(貞享3年(1687年)の目的の一つは根本寺に仏頂和尚を尋ねることでした。

竪横の五尺にたらぬ草の庵
むすぶもくやし雨なかりせば

仏頂和尚の歌が引用されます。縦横五尺に満たない草の庵だが、雨が降らなかったらこの庵さえ必要ないのに。住まいなどに縛られないで生きたいと思ってるのに残念なことだ」と。

たいへん世捨て人精神に満ちた歌で、仏頂和尚の人柄をよくあらわしています。

「妙禅師」「法雲法師」はどちらも中国の僧です。妙禅師は悟りを開いた後、洞窟の中にこもり「死関」の額をかかげて15年間外出しなかったといいます。法雲法師は詳しくわかりません。/p>

中国の世捨て人的僧たちと、仏頂上禅師を、芭蕉はなぞらえているわけです。/p>

木啄も庵はやぶらず夏木立

山奥の仏頂和尚の庵を前にした芭蕉の句です。

うっそうと茂る夏木立の中に静かに建っているこの庵を、さすがの啄木鳥も遠慮して、静けさを破るまいと、つつかないでいると。

啄木鳥にそんな風流がわかるわけはないんですが、そういう、着眼点です。仏頂さんの人柄を、シミジミとその庵のたたずまいに、読み取っているわけです。


朗読・訳・解説:左大臣光永


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